30代の19歳塾講師

最近、ネタがバイトばかりになってる。それぐらいしか自分の周りに変化がないというのが事実( ;∀;)。バイトしか外に出ることがないのかと言われれば、そういうわけでもない。ここ一週間は美術館に行ったり友達と会ったりと比較的アクティブになってる。が、しかし、やはり一番面白いことがあるのは自分のことをあまり知らないがそれでもある一定の時間は同じ空間で、生徒と講師(アルバイト)という関係の上で過ごさなければならないという私の中では結構珍しい環境を機械的に提供してくれる塾のバイトである。人見知りが激しい私はお互いのことをあまり知らない人と同じ空間に身を置くことを極力避けてきた。しかし、講師という地位をあの小さな空間の中だけで得たあの時だけは教えるという武器がある限り、身を置くことができる。

 

最近は、その教えるという授業についていろいろと思うこともあるがそれは置いといて、その授業が終わった後にあった面白い出来事について、ついつい書かずにはいられなかったので話そうと思う。

 

ではでは、本題に入ります。

 

 

 かれこれ一週間も前の話だが、結構衝撃だったらしく頭から離れない。私は新人という身で塾講師のバイトに入ったから未熟さというのを言い訳にちょこちょこ甘やかしてもらっていた。知らない部分や間違ってしまった部分があっても仕方がないみたいな。ただ、これは生徒には通用しないのだと今回のことを通して強く痛感した。

 

 

 

私と生徒の会話

 

生徒「せんせ~聞いてくださいよ~。わたしの弟めっちゃだらしない癖に潔癖症で私に部屋を掃除させるんです~。だから、宿題やる時間が~、、、」

 

私「そっかー、でもまあ、とりあえず次回テストのところが読むだけで覚えられるから頑張れ、」

 

生徒「せんせーは兄弟いるんですか~?ってか、こどもとかい、ます、か?(首傾げる)」

 

私「(?!?!!!!!)いや、兄弟はいるけどこどもはいないよ、、、結婚して、ない、から、、、」

 

生徒「えー、じゃあ、先生何歳ですか???なんか、30歳ぐらいにみえる。(割と真剣の顔)」

 

私(心の声)(まーじーかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!)「ほう、そうか、まあ、とりあえず、教えられないことになってるから、、、(あまりにも突然のこと+超衝撃的なことだったので気の利いたことが言えなかった( ;∀;)、すまん」

 

生徒「そうか、じゃあ、彼氏はいる??」

 

私「ん?、え、いないなー」

 

生徒「じゃあ、好みの人は??」(ここからの生徒のセリフは私が普段友達にしてる内容すぎていろいろと思考がこんがらった)

 

私「んーなんだろうなー(スーツ着てる人好きだけどなんか勘違いされそうだしな~、、、)」

 

生徒「職場とかで気になる人はいないんですかー?」

 

私「(んっ??心読んだ??)いやー、いないいない。(マジで)」

 

生徒「じゃあ、恋愛がなんだか分からない感じ、なんですか?」

 

私「(なんだか違う気がするけど) たぶん?(ふっ、これじゃあYOASOBIのたぶんじゃん(笑))」

 

生徒「じゃあ、私が教えてあげる!!私いっぱい好きな人いるから!」

 

他の生徒「いや、○○はいろいろ変わりすぎなんだよ」

 

私「ははは、(なんか、これデジャヴだと思ったら私の後輩にもこんな子がいたわ)じゃあ、来週テスト頑張ってね」

 

さいなら~

 

Fin

 

といった具合だった。ここまで鮮明に覚えているのはやはり相当衝撃的だったんだと思う。まず初めに自分はそんなに老けてたか。確かに他の女のバイトさん方と比べると化粧もしてないし、髪もてきとーだった。完全に女子力崩壊ゲー。だからと言って30歳ぐらいと言われこじつけた感は強いが嬉しい面もあった。自分は新人のバイトだからと至らぬ点がいっぱいあるというのを徐々に直していけば大丈夫だろう、と甘じていた。ただ、一応社員だと勘違いされている限りはそれに見合った自信というものを付けなければならいと実感した。といことで何とか立ち直る方法を探している。(結局傷ついてるんかーーいw)

 

 

そういえば彼女と同じ私が中学生だった頃、職場体験でお世話になった和菓子の職人さんにも本当は19歳(中学を卒業してすぐに修行に入ったらしい。スゴイ)なのに32歳とか言ったことがあったなーと今になって思い出したとさ。(笑)

HSP??

先日、YouTubeを見ていたらHSPというものを知った。ちょっと興味があったのでさらに調べてみると自分はそのHSPというのに結構当てはまっていた。

HSPというのはHighly Sensitive Personの略らしく非常に感受性が強く敏感な気質を持った人を指すらしい。

確かに昔から映画を見た後はその主人公になった気分になったり、パラサイトを観たときなんかは一週間その余韻が抜けなかった。また、高校では毎度感想を書かないといけない授業なんかではいつまでも書き出せないことが多々あった。まあ、考えすぎてしまうんだと思う。新しい人と会うのは正直ストレスだし(大学の友達と会う時はかなりしんどかった)、かといってずっと誰にも会わないと鬱に近い状態になりがち。(自分は鬱になっていないと信じたいが、客観的にみると鬱状態になっている。( ;∀;) で、こんなめんどくさい人にも非常に良き友達がいる。よくよく考えてみると私の友達も私に非常に近い性格を持っていた。すごく完璧主義で授業が一緒の時は授業後、一緒に感想を悩んでなど。

昔から自分のコンプレックスだと思っていた部分がその友達も持っていて共有できるというのに安らぎを感じていた。本当に良い友達を持ったもんだ。そして今回、このHSPというのを知って自分に対して自己嫌悪を抱いてしまう部分もそれに当てはまるものだと知って1つ肩の荷が下りたというか、なんだか今まで持っていた緊張感みたいなものが薄らいだ。

 

しかし、ここで不審に思ったのは感受性が豊かというものはある意味では個性となる部分なのにも関わらず、ちょびっと珍しいからとそれに名称を付けて締めくくっていいのかということだ。確かにこういうものがあると言って情報を提供してくれるのは今回の自分と同じように安心を与えてくれるかもしれない。

ただ、何でもかんでも知識というもので武装しようとするのはとても見苦しいと感じてしまう。これは大いなる矛盾だが、それでしか自分というのを守れないというのも事実である。

 

どう動けばいいのか。結局分からず終いだが、まあ、今まで通りマイペースに過ごしていこうと思う。

 

 

たぶん火垂るの墓はまだまだ観れそうにないし針の先端は凝視できないしレポート書くのは遅いかもしれないけど、違う大学に行っている良き友達が支えになってるのでAll OK(笑)

さあ、困ったな~

今、バイトとして塾講師をしているわけだけれど、なんだかスランプ的な状況に突入したらしい。何か新しいことを始めるにあたって私の場合、最初の方はただただ楽しいということばかりが頭を占領する。マイナス要素は受け入れすらしない。まあ、突っ走っている感じなのかな。

夏期講習に入る前はコロナのこともあり、5,6,7月は一切授業がなかった。4月ですら2回しただけ。5月は給料がちょっとあったが6,7月はゼロ。でもまあ、金銭的には正直そんなに欲深いわけでもないから困らなかった。問題はこの何もない、ただ大学の授業を受けてあとは趣味に明け暮れて、若干の昼夜逆転の生活に慣れすぎてしまっていた。いざ、バイトが始まるとなると授業の予習もしなくちゃいけないし、容姿もそれなりに整て外に出なければならない。外に出るという行動が鬱になってしまったのだ。これが一つ目の困ったな~。でも、最近は慣れてきたから良し✊

 

正直上位のことは困りの微少に過ぎない。そもそもの問題ははじめの方にも書いた通り、バイトがつまらないと感じてきてしまったことだ。始まった当初はやる気満々だったのに夏期講習が始まるにつれて毎度のアドレナリン要素がだんだん減ってしまっているらしい。いや~困りましたね~。でもまあ、行かないと金もらえないので行ってるんですが、(こんなこと言うのはようないね。思っても多分口にしていいことではない 😿)

どうしてこうなってしまったんでしょう。自分はいい加減にやることがとても嫌いで、だからと言って自分の中にしっかりとした完璧の定義があるわけでもない。この不透明の部分がものすごく私の頭を痛ませてます。

入ってきた時期が時期なんでしょうか。(ん??言い訳??)新人が自分一人だけというのはちょっとしんどいですね😿、うん、、、

 

あと、困ってるのは、、、

 

いや~以外にも上げていたらいっぱいある。でもこうして文字に起こしているのはやっぱり解決したいっていうのもあってのことだから悪くはないと信じてる。そもそも、読む人もほとんどいないからね、、気楽

 

で、困ってるのは、あれ、なんだったけ???

 

 

とチャラく終わらせたかったけど、ずっと頭の中に残ってる。なんというか、いまいち塾生に勉強のやる気を出させることができない。感じ?やる子はどんどんやる。やらない子はいつもふにゃふにゃ。見たくない部分を俯瞰してみなくちゃいけないという現実に耐えられる体制に入っていないのかもしれない。あと、やっぱり自分の授業の質なんかもものすごく気になる。かといって、ずっと見ないでほしい。いろいろな気持ちが混ざりますね。まだ小6とか中1の子たちだからしょうがないけど、、、

自分ももっと自信を持った話し方をできるようにしたい。そもそも最近、人と話してないからだんだんと忘れてきている。高校の頃の方が、プレゼン力は全然あった気がするけど、今と昔では自分の中の基準も変わってきてるし、環境も全然違うから淡々とできるようになりたいです。

 

こういうのは悩めるだけ悩んで、いつか入れ替えて淡々と戻っていきたい。自分は自分。精神統一。

 

ヒトリエ4

ヒトリエのベストアルバム「4」が19日にリリースされた。

先日、ギターを買ってしまったこともありアルバムは買えていない。( ;∀;)

 

リリースを伴って今のヒトリエメンバー、シノダサン、ゆーまおさん、イガラシサンはいくつかのインタビューを受けていた。すべての記事を読んで自分の中で気づかされたことを今日はここで書きたいと思う。

 

ヒトリエに出会ったのは正直な話、結構最近。はじめにアンノウン・マザーグースを聴いたのがきっかけ。それからというもの、amazon musicで聴けるかチェックしたらまさかの人間が歌っているのを見つけてびっくり。その人がその歌の作詞作曲もしたwowakaさんだった。(最初は高い部分とか加工だと思ってた自分が恥ずかしい、、、。)そこからwowakaさん率いるヒトリエというバンドに出会った。初めに聞いた曲はカラノワレモノやるらるらだった気がする。とにかくその時は受験も終わって、だいたいの興味のあるyoutubeもほぼ見終わって次に来るものと言ったら音楽だった。

今まで手を付けていなかったボカロという音楽に巡り合えたこと、巡り合うきっかけを無意識のうちに与えてくれたyoutuber、はなおさんに感謝。(歌ってみたで知れた)

 

wowakaさんが作り上げる曲、ヒトリエ全体で完成までもっていく曲はとにかく斬新でものすごくかっこいい。いままでいろんなことを気取って生きてきた私、それに自己嫌悪さえも感じていた私の心の臓はものすごい勢いでつつかれた。音楽、音がかっこいいのはもちろんだが、第二の醍醐味として歌詞をよくよく考えさせられるという私にとっては絶対に飽きない曲たちの集まりだった。もっといい言い方があるのだろうけど思いつかない( ;∀;)

こんなにもいい曲を私たちに与えてくれるバンド、方々に巡り合えてとっても、心の底から嬉しかった。いろいろな意味で落ち込んでいた当時の自分が多分曲に重なったのだろう。ヒトリエの曲が本当に心の支えになってた。だからこそ、コメント欄で目に入ってしまったwowakaさんがもうこの世にいないというのを知って、文字の通り体ごと、私の中のすべてがどん底に落ちてしまった。wowakaさんのtwitterとかを読むと、こんなことを言うのはおこがましいかもしれないが、私と価値観が似ていて、私があきらめようとしていた夢を本当に貫き通したすごい人だということが分かった。いうまでもなくwowakaさんはありとあらゆる才を持っていた。

 

しかし、そんなwowakaさんがこの世にはいないというのはある意味で私の人生観というのを変えた。私たちはいつどこで息を止めるかわからない。そして息をし続けることができるのはこの肉体では一度だけなんだって。だから、妥協というのを通用しない自分の夢というのを貫き通せる者になろうと決意した。

決意したはいいが、今はこんな状態だから大した行動もできない。ここでまた気分は上がり下がりしたのだがまあ、まあ、まあ、、、、うん、、、

そんなこんなでいろんな思いが左右していた時にヒトリエのベストアルバム4がリリースされた。

ここ最近はいろいろと生きる気力すらなくなっていた。なんというか、恥ずかしい\\\\____

3人のインタビューを読むと彼らは先に向かおうとしているんだな。気づかぬうちに私の時計が止まっていることに気づかされた。ここ最近は生産性のないことばかりをやっている。それがだめなんて誰かが決めたわけじゃないけど心のどこかでは自分に対して苛立ちというのを感じている。それをまた心のどこかで大丈夫なんて言い訳もしている。そんな自分の醜い部分が浮き彫りになってしまい、今度は恥ずかしさというよりかは、自分に飽きれもしないが、何とも言えない感情にさらされた。(多分言いたくないだけで絶望の類だと思う)

 

やっぱり言い訳というのが自分の中では一番かっこ悪いんだなというのが分かった。日々、もがき苦しむのが当たり前の生活になってしまった。

もっと、人間になりたい。そう思う、この頃です。

 

 

アルバムが買えない代わりに私はamazon music(unlimited)で「4」の並び順のplaylistを作ったとさ。

ボックスフレッシュ

この前、インスタで質問箱的なものをやってみたいなと思ったからやったんだけど、なんだか、まんまとAIの掌で躍らされた気分を味わった。

想像していた以上に自動質問が多い。

何とも言えない怒り、憤りを感じている。自分は心のないAIに騙される、支配されるはずないなんて頭のどこかで思っていたんだ。それがまんまと引っ掛かって一つ一つの質問に真摯に向き合っていた。

明らかに私のフォロワーからくる質問じゃないと思いながらいや、もしかしたらありえるかもという考えから生まれた私の判断。なんとも人の心のもろさを感じた。

何とも言えない敗北感を味わい、疲れました。まあ、自業自得なんですが、、、

 

この世ははかないなー

自分2

先日、スマイリーていうYouTuberがいるというを知った。

びっくり。

おもしろい動画だからついつい毎日観あさってしまう。

私のSmileyはあくまでも笑顔を消さないためのものだから、、、何なんだろう。特に何も思いつかない。

ただ被ったっていうだけの話。

 

さて一週間前の自分は何なのかという話。

正直私自身、まだ18,9年しか生きてないからそんなこと考えて何になるの、とか思う人もいるらしい。(知らんけど)。けど、やっぱり考えずにはいられないんだよ。

考えずに済んだらどんなにいいだろうかなんて思ったりするけど、生まれつきの性質なんだろうね。

 

自分が言うことはいろんな人が言ったこと(主に尊敬している、あこがれている人が言ったこと)に共感して、自分も同じような内容を繰り返し言ってるみたいな。

ただ最近、今更という感じだけど、いや結構前から、いや、かなり前から、それって自分じゃないなって気づき始めて、自分の心、心情、考えを自分の考えを自分の言葉でいえて初めて今言ったことは、自分の所有物、自分のものだって誇らしげに言えるんだと思っている。

けど、これがなかなかできない。いつもなんだろうこの気持ち、このもやもやした感じ、頭が圧迫される感じと、感覚で終わって具体的に言の葉に乗せて表現することができない。

 

ストイックになりすぎと友達に言われるけど、この感じは寝れば治るという自分もいる。(一週間たっても悩んでるってことはたぶん寝れば治ると錯覚しているだけだと思う)

 

結局自分の言葉では言い表せられないから他人が言った言葉を借りて私も表現する。そうすると今度は何が起こるか。自分の感情がその人に乗っ取られたかのように憑依状態に陥ってしまう。これでますます自分というものが分からなくなる。こういったサイクルを日々回り続けている。

 

こんな特性があるから将来は女優なんかをやりたいと思っていたが、なんだか乗る気じゃない。

 

だから今はずっと家にいる状態だけど、こうやって真の自分というのに向き合う時間が増えたというのはものすごくありがたい。欲を言えば本当に一人の環境、一人暮らしをしたかったが、まあ、できるようにがんばってお金を貯める。

 

私が尊敬している人も憧れて人もみんな人間。だから言ってることもひょいひょいと変わっていく。

だから自分も自分の感情、意見がひょいひょい変わってもいいんじゃないかと許せるゆとりがちょっと生まれた。

 

ぼちぼちとそして、淡々と生きていきたいです。

頑張りmath。

自分

自分って何なんだろうって考えることが結構前から多々あり、今も継続している。

 

音楽に関して言えば自分が好きな音楽というものは一人でその、なんていうんだろう、素晴らしさ?切なさ?感傷?に浸っていたいと思うから自分の本当に好きなバンドとか曲は他人に教えたくない反面、友達にはやすやすと聞いてしまう自分がいる。

 

いろんな人に出会ってもっといろんな世界を知りたいと思う自分もいれば、家に籠ったりして自分と一心に向き合いたいと思ったりもする。

 

相反する感情が自分の心の中に共存する限り、葛藤という概念は自分の頭の中からは消えないのだろうけどそれでも、少々苦しく思ったりすることもある。

自分は一体何者なんだろう。

 

 

思考が止まった。

続きは後日書く。